エイチ・ツー・オー リテイリング小山氏と、松永エリック・匡史氏と考える顧客接点のDX【セッションレポート】

最終更新日:

イベントレポート

EVENT REPORT

2022年11月29日、Micoworks主催「MicoCloud Marketing Conference vol.1」内で行われたキーノートセッションをレポートします。

デジタル化によって様々な接点が拡張され、企業と顧客がつながり続ける環境が整いつつあります。⼩売業界においても先鋭的な企業は、新たな顧客との関係性の構築をオンラインとリアルの両⾯で着⼿し始めています。

 

本セッションではエイチ・ツー・オー リテイリング⼩⼭⽒と、松永エリック・匡史⽒が⼩売企業が捉えるべき顧客接点の変化に対し、いま取り組むべき、顧客体験価値向上のためのDX戦略を語りました。

登壇者紹介

小山 徹氏

エイチ・ツー・オー リテイリング株式会社 IT・デジタル推進室 室長 執行役員 CIO/CDO

日本IBM、ファイザーを経て PwCへ。流通業界を中心に幅広いコンサルティング経験を有しています。2014 年 三越伊勢丹HD役員 兼 三越伊勢丹システム・ソリューションズ代表取締役として構造改革を推進、その後 PwC Japan グループ 小売・流通セクター統括パートナーを経て、2021 年 4 月 エイチ・ツー・オー リテイリング 執行役員としてグループ CIO/CDO に着任し関西発の小売 DX の推進に着手。

松永エリック・匡史氏

青山学院大学 地球共生学部 教授

青山学院大学大学院修了。バークリー音楽院出身のアーティストとしての感性を生かしアクセンチュアなどの外資系のコンサルティング企業で活躍した後、デロイトトーマツ コンサルティング メディアセクターAPAC統括パートナー、PwCコンサルティング デジタルサービス日本統括パートナーとして、デジタル事業を立ち上げた。2018年よりONE NATION Digital & Mediaを立ち上げ、大手企業を中心にデジタル変革(DX)のコンサルを行う。2019年、青山学院大学 地球社会共生学部 (国際ビジネス・国際経営学) 教授に就任、アーティスト思考を提唱。学生と社会人の共感と創造の場「エリックゼミ」において社会課題の解決に挑む。事業構想大学院大学 特任教授。

八重樫 健 (モデレーター)

Micoworks株式会社 取締役COO

アクセンチュア株式会社にて、経営・マーケティング戦略立案、全社デジタル化支援、M&A、新規事業立上等を経験した後に、Supershipホールディングスの立ち上げに参画。同社経営戦略の立案、10社超のM&Aの戦略立案・実行・事業グロースまでを一貫して推進し、役員として成長を牽引。また、大手クライアントに向けたマーケティング戦略の立案のプロジェクトのリードを歴任。2022年、Micoworks株式会社に入社し、COOとして戦略、S&M、人事領域を管掌。

デジタル接点の購買が当たり前の世の中に

八重樫:

BtoC業界を見た際に、ここ10年の間で「顧客」という存在の変化をどのように捉えていらっしゃいますか。

小山徹氏 (以下、小山):

この10年ほどの間に、東日本大震災や「爆買い」に象徴されるインバウンド消費のブーム、そしてコロナ禍など社会に大きな変化が起こりました。中でも最も大きな変化は、顧客がデジタル接点で購買や情報収集することが当たり前になったことだと考えています。

スマホの普及が進んだことにより、手元のスマホでECサイトがいつでも見れるようになりました。今の生活者はリアル店舗で買い物をするよりも、デジタルで情報収集してそのまま買い物したい欲求が遥かに強い。デジタル上で企業と顧客が繋がることが当たり前になっています。

そこに輪をかけてコロナ禍の影響で、世の中が変化するスピードが一気に加速した感じがありますね。

小売業にとってはリアル店舗に強みがない限り、消費者は店舗に足を運ばなくなることを意味します。リモートで仕事ができて、ランチはフードデリバリーができれば、一日外出しなくても生活ができる。これが事実だと思うんですよね。生活者は基本的に家にいたまま、サービスを手に入れるようになる。これがニューノーマルの消費行動の変化だと思っています。

松永エリック・匡史氏(以下、エリック):

僕はメディア・エンターテイメントの専門コンサルタントを経験しているので、メディアの視点からBtoC業界の顧客への影響を考えてみたいと思っています。

まずは、BtoC業界のマーケティングが変わってきたことです。従来は新聞、雑誌、ラジオ、テレビの4大メディアにお金を払い、コマーシャルを打てば何とかなったマスメディア中心の時代だった。ところが、現在は地上波のテレビ番組から、NetflixやHuluなどオーバー・ザ・トップ(OTT)と呼ばれるネット視聴のコンテンツ配信に代わってきた。

もう1つの大きな変化は、SNSの影響で生活者の購買行動のプロセスが変化していることです。従来はいわゆるAIDMA(アイドマ)と呼ばれる購買行動が一般的でしたが、今の消費行動ではSNSを活用して購買前に検索したり、おすすめ商品をシェアしたりという新しいアクティビティが出てきたんですよね。その変化を受けて、企業サイドはCMを打つ媒体が変わってきたし、お客さんとどういった接点を取るのかも変わってきました。生活者に対するプロモーションの在り方が、劇的に変化していると思います。

要はマスマーケティングが主流の時代から、1to1で直接的に繋がるダイレクトマーケティングの時代がやってきたのだと思います。一人ひとりにカスタマイズされたマーケティングをしないと、BtoC業界で生き残れないようになってきたのだと思いますね。

小山:

(リテール・プロフェット社の創業者) ダグ・スティーブンスが「リテールはメディア化する」という言葉で話題になりましたが、生活者の行動において一挙にデジタル化が進んだことで、1to1マーケティングに近いことをやっていかない限り生活者には刺さらないでしょう。

テレビなどの既存メディアからNetflix、Amazon Primeなどの有料のコンテンツ配信サービスに利用者がシフトしています。その結果、SNSで影響力を持つインフルエンサーの存在が大きくなってきました。どれだけメーカー、店舗が何を言おうが、「信頼できる誰かが良いと言っている」ことが購買のきっかけとなってSNSを介して広まります。マスメディアの宣伝からではない、新しい販促ルートが強化されたといえるかと思います。

生活者が消費行動の主導権を握る

エリック:

ここの話を受けて面白いなと思ったのが、Netflix社長の(リード・)ヘイスティングスが「エンタメの楽しみ方はユーザーに主導権があるべきだ」って話をしたんですよね。今まではエンターテイメントの主導権はサービス提供者にあった。テレビ放送局が「9時からこのドラマをやるよ」と決めたら、生活者はその時間に視聴するという流れでした。一方で、今の時代は生活者が気に入るものを、提供者がカスタムしてあげないといけない。これはBtoCのマーケティングの世界でも、主導権がサービス提供者から生活者にシフトする状況が起こりつつあると思います。

小山:

これからは自分自身の好きなときに、好きなチャネルで、好きなサービスを受けられることが基本になっていくでしょうね。

Netflixでは限定のオリジナルコンテンツが用意されていて、有料会員しか閲覧できない。そして情報がSNSを通じて広まっていく。その情報をもとに生活者はサービスと繋がり、購買に至るというかたちで消費が行われています。「コミュニティマーケティング」という言葉がありますが、生活者のコミュニティを介して情報が増殖していくんです。

先ほどの「リテールはメディア化する」という言葉のとおり、メディアとリテールは表裏一体になってきています。

そして、この消費行動の広まり方は企業が意図して作ることはできませんので、顧客中心のサービス提供が求められます。一方で、顧客の欲求を満たす、もしくは顧客の課題解決ができなければ市場には残れない。企業にとっては厳しい世界になるともいえると思います。

八重樫:

まさに今、サッカーW杯をAbema TVがオンデマンドで放送していますよね。元々マスメディアが独占してきたコンテンツがネットで無料視聴できる流れが強くなっています。やはり顧客目線でのサービス提供でないと選ばれないようになってきてるんだなと。その中で企業の生き残りがますます激しくなっていくのは身に染みて思いますね。

小山:

先に顧客を獲得し、後からマネタイズするビジネスモデルが普及してきました。本来、広告などの投資に対して何らかのリターンがないとビジネスが成り立たないですが、PayPayがそうであったように、スマホ系アプリにおいては顧客を先につかむことが大切です。そのためにはデジタルサービスに対する先行投資を大きく打つ必要があります。しかし、箱物に代表されるハードに対しての投資は得意でも、ソフト(デジタルサービス)に対する投資が苦手な企業が日本には多いと思います。

エリック:

マーケティングのフェアネスというか、ユーザーが求めるものにお金を払うという自然な消費行動に立ち返ってきている気がしています。

今までは生活者がコマーシャルに先導されて商品を買わされてるに近しいところがあったじゃないですか。企業も「これを持ってないと良くないよ」みたいな訴求をして。そういう意味ではマーケティングとしては適正な流れに向かっていると感じます。

小山:

そうですね。小売業では「back to basics」という話をよくしています。

お客様にとってノイズになることをどれだけ減らすか、そして本来自分たちが届ける価値は何なのかを追求する。ここに尽きるわけです。単にデジタル化したから商品が売れるわけではないんです。サービス本来の提供価値と、顧客に届けるケイパビリティ、この両方が必要になってきます。

ダイレクトマーケティング時代の到来

エリック:

小山さんに聞きたいのですが、「これからはダイレクトマーケティングの時代です」と、IT業界の人たちはさらっと言うんだけど、僕は一人ひとりにカスタマイズしたプロモーションってめちゃくちゃ難しいと思ってるんですよね。

多くの企業はデータは持ってるんだけど、データをどうやって扱うのか、そしてそれをどうやって顧客に対して返していくのかがわからない。そういう意味では、僕は以前よりマーケティングの難易度が高くなっていると思うのですが、どうでしょうか?

小山:

今までは提供者が顧客のターゲット層を事前にセグメンテーションして決めていました。ところが今は違いますよね。顧客の行動履歴や関心のありようを情報として残していく。しかもこの情報は、顧客の状態に応じて刻々と変化していきます。そこに世の中のトレンドも含めて考慮しないといけないので余計に難しい。顧客のニーズを的確に捉えるために、データ分析は非常に重要です。

エリック:

データサイエンティストに求められる役割は、さらに大きくなっているんでしょうか。

小山:

そう思います。でも、結局は「顧客のニーズに応えるものが提供できるかどうか」に尽きると思うんです。リアル店舗と同様に、デジタルの先にも顧客一人ひとりが存在している。N=1の顧客のニーズにきちんと応えていくことがものすごく重要です。

DX推進にはデータ活用の基盤づくりが欠かせない

八重樫:

小売業界はリアルとデジタルの顧客接点、双方を持つ存在だと思います。 DX化の波が進む中で、小売企業に起きた具体的な変化とは何でしょうか。また、DXとどう向き合うべきかについてお伺いしたいです。

小山:

まず、DXを推進する際には、顧客データを収集するための基盤づくりが必要です。Cookie廃止、個人情報保護法の関係で、法務的な観点を踏まえた顧客に同意を取れる仕組みを整える必要があります。

次に、顧客データを実際に活用するステップも大変です。リアル接点とデジタル接点の両方でお客様とつながるOMOの体制構築は前提として、お客様とのつながりを深めて質を追うと、ビジネス規模を広げづらいジレンマがあります。これをどうバランスを取っていくのかは難しい。

一口に「DX」といっても大きく3つの段階があります。「デジタイゼーション」でまずはリアル店舗の商品をECサイトで売れるようにするのか、「デジタライゼーション」で既存のビジネスモデルのデジタル化を進めるのか、「デジタル トランスフォーメーション」を目指してビジネスモデルを大きく転換するのか。企業が自社の状況を見極めて選択すべきことだと思います。

DX推進の3つのフェーズとは? デジタリゼーション、デジライゼーション、デジタルトランスフォーメーション

八重樫:

デジタイゼーション、デジタライゼーション、そしてデジタルトランスフォーメーション。DXの段階である、この3つの違いを認識して進めていくべきだとお話いただきましたが、小山さんから3つの違いをご説明いただけますか。

小山:

「デジタイゼーション」は、ペーパーレスのことですね。いままで紙で行っていた作業をそのままデータ化して置き換えていくことを指します。

「デジタライゼーション」は、ビジネス全体をデジタル化することです。小売業だとリアル店舗とECサイト双方でデータを連携して、お客様にアプローチを行う。お客様がリアル店舗で手に取った商品が、デジタル上でレコメンドされて購入できる。これを実現していくのは、僕は「デジタライゼーション」だと考えています。

「デジタルトランスフォーメーション」は、既存のビジネスをデジタル化するだけではなくて、ビジネスモデルそのものを変えていくことです。たとえば、OMOを実現した上で売っていたのがend-⁠⁠⁠to-⁠⁠⁠endでサービスまでできるようになる。そうだとしたら、ただの小売業がサービス業に変化するわけで、これはデジタルトランスフォーメーションと言えるでしょう。

または、保有する顧客データを活用して新規ビジネスを立ち上げることも、デジタルトランスフォーメーションといえるでしょう。当社(エイチ・ツー・オー リテイリング株式会社)では小売業のデータを基に、新しいBtoBの情報ビジネスを発表し、2022年4月に経産省の「DX認定事業者」の認定を取得しました。

デジタルトランスフォーメーションとは、ビジネスモデルを新たに作り替える、もしくは既存データを基にビジネス領域を新たに開拓することだと捉えています。

エリック:

「DX=デジタイゼーション」だと思ってる方がすごく多い。

IT企業であっても、DXの概念はまだまだ理解されてないんじゃないかなとよく感じます。

僕はDXを説明するときに使う表現が「DX= transformation with ditital」。

「トランスフォーメーション」が前提であり、その実現手段にデジタルが使われているということなんですね。小山さんがおっしゃったように、DXの定義を理解した上で進めることが大切ですね。

小山:

そうですね。多くの企業は、今までの成功体験が強すぎるからこそ呪縛から抜けられない。

ビジネスモデルの転換、組織改革を含めて本気で会社を変えていこうとしなければ、真のデジタルトランスフォーメーションは実現できないでしょう。一方で、過去に築き上げてきた現業も非常に大切で、現事業と新規事業のバランス配分は見極めていく必要があります。

こうした抜本的な改革は社内だけでは難しい事情もあるので、Micoworksさんのようなツールベンダーやコンサルティングファームなど外部と組んでDXを進めるケースが増えているのは非常に良い傾向だと思いますね。

エリック:

私は大学教員を務めていますが、大学の在り方も変わってきています。僕もTikTokを活用したり、いろんなメディアで展開してますが、研究室と学生が個と個として結びつく時代にどんどん変わっていくべきだと思ってます。まさに小売業界と全く同じことが、アカデミックの世界でも起きてきています。先ほどの1to1マーケティングの話は、実は社会全体の動きとして、あらゆる業界がこういう形になってきているのだと感じますね。

小山:

本質を提供できないサービスは淘汰されていくでしょう。今、全ての業界で変化を迫られている中で、過去の延長線上から抜け出して、ビジネスモデル全体を変えていけるかどうかが分かれ目になってくるでしょう。

八重樫:

全ての業界で変化が起きている中で、世の中のトレンドを取り入れながら、異なる業界で成功している例を抽象化しながら、取り入れながらDXを進めていく。そういった動きが取れるかどうかも今後非常に重要になりそうですね。

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この記事の著者

大里 紀雄Norio Osato

Micoworks株式会社

ビジネスマーケティング部 Director

大手Web制作会社にてチーフデータアナリストとして、DMPの構築および活用支援、広告運用の業務に従事。マルケトではシニアビジネスコンサルタントとして業種業界を問わず、大手企業から中小企業まで、MAツールの導入や戦略構築支援を行う。 その後、複数の事業会社で大規模カンファレンスの企画運営や、オウンドメディアの構築などのマネジメント、アジアパシフィック地域のマーケティング戦略立案や広報活動など幅広い業務を経験し、現在に至る。

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